黒猫の見る夢 if

毎日の定期検診に、ルルーシュの意識がある状態で来たのは初めてだった。
今まではぐったりと横たわっている姿しか見てい無かったため、籠の中で目を開き、きょろきょろと辺りを見回している仔猫の様子に、セシルは嬉しそうに笑った。

「ルルちゃん、今日は起きているのね。スザク君、ミルクはどのぐらい飲んだの？」

ルルちゃん？
その名前に思わず耳が反応し、紫と赤のオッドアイでセシルを見上げた。
セシルはそんなルルーシュの様子に益々笑顔を深め、優しくルルーシュの背中を撫でた。スザクも力を入れず、こうやって優しく撫でればアーサーに逃げられないだろうに。
小動物に接するのが苦手、と言うより下手な元友人を見ると、何やら手帳を取り出していた。それを二人で覗きこんでいる。

「今日はこれだけ飲んでます。やっぱり起きている方が量、多いですよね」
「あら、本当ね」

いや待てスザク、それは全部飲まなければ離さないと言ったせいじゃないのか？
自分で脅迫した事を忘れていないか？
さっきの量、かなり無理をして飲んだんだぞ。
声には出さず不満げにそう考えていると、その思いが通じたのかスザクは一瞬こちらを見た後「・・・少し無理して飲ませたのかも」と、眉尻を下げながら、セシルに言った。

「スザク君、無理をさせては駄目よ。ちゃんとルルちゃんのお腹に負担がかからないようにしなきゃ。ね、ルルちゃん」

そうだぞ。そう言いたげに、タイミング良く黒猫が頷いたので、セシルは笑った。

「ほら、ルルちゃんもそうだって言っているわよ」
「・・・そうですね。ごめんねルル」

この反応で、成程、この猫が元人間で、その意識もまた人の物だと言う事をこの女性は知らないのだとルルーシュは理解した。この事を知っているのは皇帝とナイトオブワン、そしてスザクの3人だけなのかもしれない。当然か。こんな話をした所で精神科に行けと言われてしまうだけだ。

「この分なら、今日も点滴はいらないわね。スザク君これからどこかに出かけるの？」

スザクはラウンズの制服ではなく、外出用の私服を着ていた。ルルちゃんを預かる？というセシルの言葉に、いいえ、とスザクは答えた。

「今日は夜まで時間があるので、ルルの物、買いに行こうかと。だから一緒に連れて行きます」
「あら？何を買うの？」
「ルルはどうも体温が低すぎるので、何か無いか見てきます。あとは小物と」

ネットで見た限りだと猫用の寝具や小さなヒーターがあるようだが、どれがルルーシュの好みか全く分からない。ペットショップが併設されているお店は、ペットを連れて入ってもいい場所が多いため、それならば現物を見てルルーシュに選ばせた方が確実だと考えていた。
まだ自力で動き回るのは辛そうだが、ブランケットに包み込んで温かくし、スザクが抱いて歩けば問題は無い。

「そう、それはいいわね」

セシルは笑顔で同意の言葉を口にした。

所狭しと並べられた玩具。
様々な寝具。
衣類と首輪。

「うわぁ。すっごいな」

予想以上に種類があり、スザクは思わず感嘆の声を上げた。
この近郊で一番大きなペットショップを探しこの場所に来たのだが、まさかここまでとは思わず、予想以上に種類が豊富でスザクはカートを押しながらきょろきょろと辺りを見回した。そしてまずは首輪のコーナーに立ち止まった。その場所は壁一面ずらりと、数百という首輪が陳列されていた。
ざっと目を通した後、スザクはう～ん、と唸った。
どうやらスザクの気に入るモノは無かったらしい。
視線を壁から自分の腕に移し、首輪など、絶対に拒否してやると言う顔のルルーシュをスザクはじっと見つめた。
絶対嫌だからな。
皇帝も毎日のように無理やり首輪を着けてきたが、それを必死の思いで毎回外していたんだ。もう二度とご免だ。
おかげで、首回りが擦れて痛かった。
だが、そんな気持ちはスザクに一切通じず、じっとルルーシュを見つめていた深緑の瞳は、にっこりと柔らかい笑みを浮かべた。

「ねえルルーシュ。赤いリボンつけてくれる？」

絶対、君に似合うと思うんだよね。
そのスザクの言葉に、腕に抱かれていたルルーシュは嫌そうに「ふにゃ」と鳴いた。

「えー？つけようよリボン。絶対に可愛いから、ね？でも此処に無いんだよねリボン。どこに売ってるのかな」
「ふにゃー！」
（絶対に嫌だ！）

首輪よりましだが、リボンなど男がつけるものではない。

「いいじゃないか。部屋にいるときは邪魔になるけど、外出するときはつけようよ。今も十分綺麗で可愛いけど、もっと可愛くなるから」

どうせなら、可愛いく飾った君を見せたい。
そう言いながら、スザクは腕の中にいるルルーシュの喉元に指を寄せ、優しく撫でた。
優しくというのはあくまでもスザク視点の話で、撫でられているルルーシュは、指先に込められている力で、首は押し上げられるし、息が詰まり正直苦しくて仕方が無い。
やめろという意志を込め、前足を伸ばし、その手を払いのける。
爪も出ていない子猫の猫パンチ。
それが見事にスザクの手にあたった。
スザクは驚いたように目を瞬かせた後、何故か嬉しそうに笑った。
それも無性に気に入らない。

「みにゃー！」
（嫌だと言っている！）

威嚇も込めてルルーシュは鳴いた。

「よし、リボンは別の店で探そう。じゃあ次の場所へ行こうかルルーシュ」

もう決定だからという意味合いの笑みを浮かべながらそう言うスザクに、ルルーシュは不機嫌そうに鳴いた。

「ふみゃあ！みゃあ、にゃー」
（俺に選択権は無いのか！大体俺は男だ、赤いリボンなど）
「諦めろルルーシュ。大体猫の性別なんて、こういう時は関係ないから」

だから、どうして猫の言葉が解るんだと、ルルーシュは嘆息した。

「猫の草か。野菜は必要だよね。よし、これは買って。ルルーシュ、このタイプのヒーター買おうと思うんだけど、どれがいい？」

サイズも形も、カバーや肌触りも様々なペット用床暖が何種類も並べられていた。値段も様々だが、スザクはその中でも高額の品物の前へ迷わず移動し、手に取った。

「にゃあ、にゃあ？」
（お前、こんなに買って大丈夫なのか？）
「ん？ああ、お金の心配はしないでいいよ。ラウンズは給料いいし、それだけで十分だったんだけど、昨日、君の件で特別手当って名目でお金渡されたし」

しかも、一瞬自分の目を疑ってしまうような金額だったのだ。
一応皇族であるルルーシュの世話賃なのだろうが、常識外れの金額に、皇帝の金銭感覚にはついていけないなと思いながらも有難く頂戴した。
そういえば、ルルーシュ用にと運ばれた品々は、どれも華美な装飾で、見ただけで高価なものだと分かった。
お金をかければいいというものではないだろうに。
そのことにルルーシュも思い至ったのか、こくりと頷いた。

「ふみゅう、みゃあみゃあ」
（成程、猫として飼い慣らす為なら金額に糸目はつけないと言う事か）
「まあ、いいんじゃない？お金はあっても困らないんだしさ。で、どれがいい？僕はこの猫型のが可愛いと思うんだけど」

それは猫の形をした床暖で、専用カバーも付いているタイプだった。
本当に猫と可愛いものが好きなんだなと、思わずルルーシュは柔らかく目を細めた。

「みゃあ」
（お前が気に言った物で構わない）
「そう？じゃあ、これにしようか。カバーの色はやっぱり黒かな？でも、黒の上に君が寝たら見えにくいか」
「にゃあ。にゃあ」
（だからいいんだろう。黒い毛がついても目立たないからな）
「ああ、そうだね。白を買っても黒い毛ですぐ汚れるか。じゃあ黒にしよう。アーサーにも違うタイプの買って行こうかな」

上機嫌でルルーシュと会話をしながら籠の中へ商品を入れていくスザクは、傍から見れば猫と会話している痛い人なのだが、やはりその見た目のせいだろうか？気がついたら、スザクの周辺には若い女性客が集まっており、痛い人を見る視線ではなく、完全にスザクに気のある女性の熱い視線だった。
彼女たちから見れば、優しい声音と優しい笑みで猫に話しかける好青年に映るのか、あるいはテレビでも良く見るラウンズのセブンだと言う事に気付き、いつもの厳しい表情ではなく、プライベートでは穏やかな人物なのだという、新たな一面に惹かれているのだろうか。その地位にひかれていると言う可能性もあるが。
どうやらスザクも周りの視線には気づいているようだが、特に気にする様子は無い。
むしろ、ルルーシュの意識がそちらに向いた事が気に入らないと、その小さな頭をコツンとつついた。

「こら、君の物を選んでいるんだから、こっちに集中してよ」
「にゃっ」
（痛い）

ルルーシュが視線をスザクへ戻すと、嬉しそうににっこり微笑んだ。

「すごいよね、猫の服こんなにあると思わなかった」
「にゃあ！ふみゃあ！」
（待てスザク！その手にしている服はなんだ！）
「え？レースとフリルがたくさんついてて可愛くない？大丈夫、君なら似合うよ」

そう言いながらカートに入れようとするので。

「みぎゃあ！」
（断固拒否する！）

背中の毛も逆立たせたその全力での拒絶に、スザクは目を丸くした。

「ええっ！？なにも、そこまで怒らなくても・・・解ったよ。フリルは諦める。じゃあシャツとポンチョと帽子と、あと猫の着ぐるみと・・・」
「みにゃぁ・・・」
（猫に猫の着ぐるみってお前・・・）

呆れたようなその声は無視して、ポイポイとスザクは籠に気になる洋服を入れた。
ルルーシュのサイズで着れる洋服はそもそも少ない。
もう少しルルーシュが成長したらまた買いに来ようと、スザクは満足げに頷いた。

「ふみゃぁ・・・」
（楽しそうだなお前・・・）
「そりゃあ、楽しいよ？」

憎むべき相手が猫に姿を変えたのだ。
猫として扱い、猫の服を着せ、嫌がるその姿を見て少しは気が晴れるのだろうか。
そうでなければ、こんな買い物楽しいはずは無いだろう。
ああ、でも、アーサーの物も買っているのだから、それなりには楽しいのか？
こんなにたくさん買っても、俺に残された時間はそう長くはないのだが。
そこまで考えていると、スザクの指が頭をコツンと叩いた。
脳が揺さぶられる衝撃に、思わずスザクを睨みつける。
だから加減しろ。結構痛いんだぞそれ。

「何か変な事考えてただろ？」
「みぃ・・・」
（別に・・・）
「ふ～ん。まあいいけど。君、玩具はいる？アーサーには買おうと思うんだけど？」
「にゃあ」
（いらない）
「だよね。じゃあちょっと移動するよ」

スザクは片手で沢山品物の乗ったカートを押し、移動を始めた。
そのスザクの移動に合わせて、若い女性も移動しているのが視界に入り、もてる男は大変だなと嘆息した。そして、ふとその中にこちらを見ている店員の姿も見え、ああ、やはりこの状態は問題だよな。と、スザクを見た。
ルルーシュは、小さめのブランケットに包まった状態でスザクの腕に抱えられているのだが、そもそも犬猫を連れてきた場合、専用カートに入れる以外は店内に入る事は禁止なのだ。まあ、あの鉄の網に体を横たえるのは痛そうだし、ルルーシュとしては今の方が暖かくていいのだが、そろそろ店員に注意されそうな気がする。
ルルーシュが見上げていることに気付いたスザクは。

「どうしたの？お腹すいた？」

と、見当違いな事を言った。どうしてこういう時は伝わらないんだろう。いらない時だけしっかり伝わるくせに。まあいいか。注意されてから移動すればいいさ。
ルルーシュはスザクの問いに首を横に振る事で答え、疲れたと言いたげに目を閉じるとスザクの腕の隙間に顔をうずめた。

「ああ、疲れたのか。そうだよね。少し急ごうか」

スザクはその背を撫でた後、足早に移動した。